ホスピスについて

ブログを始めたら、必ず書こうと思っていたことがあります。



ホスピスについてです。



末期の癌と宣告された母の病状の変化に翻弄され、私があらゆる情報をインターネットで探していた時に、最終的にたどり着いたのが、ホスピスです。



でも、ホスピスに関する情報は2015年当時は、とても少なかったです。ホームページはいくつかあるのですが、遺族や患者からの情報は少なかったのです。



その少ない情報の中で、ひとつのブログを見つけました。このブログに出会ったおかげで、母は残された日々を安らかに過ごすことができ、入院してから1か月半後、静かに旅立っていきました。



どこかで末期の患者さんがご家族にいて、どのようなことができるか、情報を求めている方のお役に少しでも立てればと思い、公開しておきます。長文で、内容が重たいので、ご興味のない方は遠慮なくパスしてくださいね。



母は大正11年博多生まれの気丈な女性でした。社会人となってからは関東で結婚、子育てをし、父を7年前に亡くしてからは、一人暮らしをしていました。足腰はさすがに弱ってきましたが、90歳過ぎるまで大きな病気も知らず、元気でした。



その母が2015年の7月に急に胸の苦しさを訴えて、救急搬送されました。その日は落ち着いたので家に帰ることができましたが、超音波検査で肺に影があるのが分かり、精密検査を受けるよう言われました。



数日後、大学病院で検査したところ、肺がんの疑いと言われました。肺がんの場合、胸に針を刺して患部の生検を取って、それが悪性腫瘍と確認されて初めて肺がんと診断されるそうです。高齢の母の場合は、その検査自体がリスクを伴うので検査はされず、診断はあくまでも「肺がんの疑い」でした。



肺がんは3センチ程に見えましたが、92歳と高齢であることから、抗がん剤とか積極的な治療はしないで、何か問題があったら、また診察をうけることで帰りました。他の臓器への転移がないか検査することもできましたが、母はいらないと言いました。



家には帰りましたが、足腰が弱って転倒の危険があったので、一人暮らしは無理だと判断しました。急いで手配して、9月に近くの市の老人保健施設(リハビリを目的とした老人介護施設。滞在は長くても6か月くらい。)へ入所しました。社交的な母はそこでお友達ができるのをとても楽しみにしていました。



ところが、入所して間もなく、母に原因不明の麻痺が起こりました。麻痺というより不随意運動、動かしたくないのに勝手に体が動く症状です。この症状は母の「プライド」を傷つけました。同じ施設の入居者が母の症状を気味悪がって避けるからです。母は何が自分に起きているのか分からず、つらい日々を過ごしました。



老人保健施設の院長先生が、大きな大学病院で詳しい検査ができるよう手配してくださり、検査入院しました。そこで初めて母の症状に病名がつきました。「傍腫瘍性神経症候群」(ぼうしゅようせいしんけいしょうこうぐん)悪性腫瘍の遠隔効果による神経筋疾患とのことです。つまり、悪性腫瘍が出来たことで、体がそれに対抗して抗体をつくるのですが、それが体の他の神経を侵していろいろな症状をおこすとのことです。この症例の場合は、余命は半年ぐらいといわれましたが、場合によっては早まるかもとのことでした。



診断はついても、さてこれからどのように看護してゆけば母がより楽になるか、いろいろ考えました。腕や足が勝手に動いてしまうので、老人介護施設では安全のためベッドで身体拘束するしかありませんでした。食事もままならず、言葉も交わせず。神経症ということで向精神薬を投与されたのでうわごとをいうばかりです。



そんな時に探したのが、ホスピスの情報です。ホスピスというと、関東圏では小金井市にある聖ヨハネ桜町病院が有名です。「病院で死ぬこと」いうベストセラーを書かれた山崎章朗先生が開いた病院です。(山崎先生は、現在はこの病院を離れ、小平で地域の患者さんの在宅医療を支援する訪問診療医としてご活躍なさっているようです。)電話をしましたが、空きがでるまで、3か月ぐらいかかるとのことでした。それまで母は持ちそうもありません。そんな時にKUNIEさんのブログに出会いました。こちらのブログではホスピスを探して、入院して、看取りするまでが、大変詳しく書かれています。さっそく、こちらで紹介されていた、荻窪の衛生病院も問い合わせましたが、空くまで一か月ぐらいかかるとのこと。そこで、KUNIEさんと同じ杉並の佼成病院に相談に行ったところ、すぐ部屋を手配して下さるということで、11月にこちらへの入院を決めました。



KUNIEさんのサイトです。
ホスピスで親を看取る7以降、19まではこのページの下段の次のページをクリックすると続きが読めます。



佼成病院は宗教法人の立正佼成会が運営している病院です。南無妙法蓮華経の仏教系ですが、宗教への勧誘は入院時も死去後も一切ありませんでした。病院も、地域への貢献という趣旨で建てられたそうです。ホスピスである緩和ケア科の他に、内科、消化器科と多くの診療をして、地域の人に利用されています。以前は中野にあったそうですが、2014年に杉並の立正佼成会の大聖堂の横に新築移転されました。



緩和ケアの病棟は最上階10階でビハーラ病棟と呼ばれています。(ビハーラとは仏教用語で安らぎの場という意味だそうです。)ここではホスピスという言葉は使われません。「緩和ケア」と呼んでいます。そのためにインターネットで「ホスピス」情報を探していた時に、この病院がなかなか見つからなかったのかもしれません。



bihara.jpg



気になる費用ですが、病室は全部で20室。無料個室10室と8,640円から43,200円のお部屋があります。無料のお部屋があることに驚きました。母は8,640円の部屋でしたが、ホテルのようにきれいで、十分広い個室でした。窓からは美しい夜景が見れました。



緩和ケアがどのようなものか、まったく想像がつかなくて、少し不安でしたが、こちらの医師、看護師、スタッフは緩和ケアのプロフェッショナル集団で、母の居心地を徹底的に最優先してくださいました。ホームページでは、がんによる身体や心の深い苦痛など、日常生活に支障をきたす諸症状を緩和することを目的としているとあります。医師の回診、看護師のケアがなにしろ、温かいのです。声掛け、看護、これまで他の医療施設で経験したことのないやさしさに満ち溢れていました。施設も充実していて、起き上がることができる人などは、大きな窓の明るい食堂(上の写真)で食事をとることもできます。食堂ではボランティアのご婦人がお話し相手をしてくださいます。お風呂は、横になったまま洗ってもらえる最新式のバスが備えられていました。遠くからきた家族のために数千円で別室に泊まることもできました。



母の場合、腕や足が勝手に動いてしまう不随意運動が問題でした。それでその症状について何かいい治療薬はないかとインターネットでいろいろ調べていたら、母の不随意運動が「舞踏病」の症状ととてもよく似ているのに気づきました。そして、その舞踏病に効く新薬が前年に日本でも認可されたことも知りました。それで、だめもとでよいから、この薬を試してみていただけないかと先生にお願いしました。遺伝性の「舞踏病」と「某腫瘍性神経症候群」は別の病気のようですが、素人目にはとても症状が似ているので、もしかしたら、母にも効くのではと思ったのです。もし効かなくても構わないので、ぜひともお願いしたいと頼んだところ、なんと、薬を取り寄せて試してくださいました。そして、それが母に効いたのです。何か月も悩まされていた不随意運動がぴたっととまって、普通に話せるようになったのです。(後日、母のケースは貴重ということで学会で報告されました。)



入院中に93歳のお誕生日をむかえたのですが、その日は医師、看護師、スタッフの皆さんが枕元に集まって Happy birthday to you ♪♪と歌ってくださいました。またクリスマスイブには仏教系の病院なのに、先生がサンタさんの衣装で病室を回ってくれました。



気分がよくなった母は、「こんなに元気になったのだから家にも帰れるんじゃない?」と言っていました。それで、「その気持ちはよく分かるけど、今のお母さんの状態はやはり重症で、家で看護することはできないのよ」、「こんな至れり尽くせりの病院に入院することができて、お母さんは本当に幸運だと思うよ」と言い聞かせました。すると、「ふーん、わかった」と言ってくれました。それから1週間ほどして、母は意識が急に遠のき、話さなくなり、数日後、家族が見守る中、静かに息を引き取りました。



緩和ケア病棟では、普通の総合病院で見られる、患者に取り付けられるモニターはありません。呼吸も血圧も測る器具は装着されません。尿道カテーテルだけついていました。後半は、鎖骨のところから薄いモルヒネを点滴投与して、痛みを軽減する措置をしてくださいました。モルヒネで眠ることはないそうです。実際、話せるようになった母とたくさん話すことができました。



亡くなった時も、看護師に知らせましたが、すぐ医師がかけつけることはなく、ご家族とのお別れをゆっくりしてくださいと放っておいてくださいました。しばらくしていらした医師は亡くなった母に、まるでまだ生きている人に話しかけるように、よくがんばりましたねとやさしく声をかけてくださいました。



人が亡くなった後、地方によって、湯灌をするところと、しないところがありますが、こちらの病院では横になったまま入れるバスに、家族も一緒に入って綺麗にしてくださいました。お化粧も普通のお化粧とちがう、特別な化粧品を使って死後、色があせないように綺麗にしてくださいました。



本当にここの病院で母を看取ることができてよかったです。



感謝、感謝の気持ちを抱きつつ、その後の雑用に紛れていた翌年の5月に、母の担当だった看護師から、「いかがおすごしですか」と手書きのお手紙が来ました。母の思い出や母とのエピソードなど交えながら、とても心のこもったお手紙でした。泣いてしまいました。また9月には、お彼岸ということで、前年中に佼成病院で亡くなった方のご冥福を祈る慰霊式のご案内も来ました。参加しましたが、たくさんの花に囲まれ、病院の方も代表だけでなく全てのスタッフがきちんと参列して、とても丁寧なお式でした。その慰霊式の前に、ビハーラ病棟の食堂で、遺族の茶話会というのがありました。ここで父を看取った、母を看取ったと遺族がお互いの経験をおしゃべりする会でした。その中のお一人で、たくさんの管につながれたお父様を、その時入院していた病院の反対を押し切って、佼成病院に入院して、一日で旅立ったという方のお話が心に残りました。「たった一日でしたが、父はここで亡くなることができて幸せでした」とおっしゃっていました。



亡くなり方も人それぞれ、家族それぞれの考えがあって、自由でよいと思います。ホスピスも他にたくさん良い病院があると思います。私の場合は、その中のひとつの経験ですが、参考になれば幸いです。



佼成病院のホームページはこちらです。

コメント

Secret

私の父も23年前に癌で亡くなりました。
癌が全身に転移し苦しみ抜いて亡くなりました。
当時はまだ癌の告知もされなくて家族で癌である事を隠し通しました。
父に告知した方が良かったのかと今でも悔いが残ります。
お母様はよいホスピスがみつかり良かったですね。
貴重な情報をありがとうございました。

ホスピス

お姉さま、お久しぶりでやんす。
こんなヘビーな体験をなさっていたんですね。
したためていたものを吐露されて、好いことだと思います。

ホスピス=終末医療 考えさせられますが田舎にゃ
ないのが現状。。。
大都会にしかない施設、今の高齢者社会には需要と供給が追っつかないのが地方に暮らす者として残念に思います。
あるばとろすさんのお母様は最良の環境の中で旅立たれたのですね。

ホスピス

梨Rinさん コメントいただきありがとうございます。お父様のご看病おつらかったですね。今はインターネットで、薬や治療のオプションを調べようとするとある程度調べられるので、お医者様にとっては私のような家族は大いに迷惑かもしれません。でもこの病院では家族のそんなわがままを聞いてくださったので、本当に感謝しています。

ホスピス

ミケさん ヘビーな記事にコメントいただきありがとうございます。ものすごいスピードで高齢化社会が広がっているので、人の死に方について考える緩和ケアというのは、東京だけでなく、地方でも、これからもっと進んでいくと思いますよ。佼成病院は、東京ではほとんど知られていません。聖路加とか大学病院の方が知名度は高いです。でもネットでは、家族目線のちいさな体験情報を載せられるので、そういう情報にも目が向けられてゆくかなと思いました。

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介護

23:46さん コメントありがとうございます。介護は先が見えない中で、目の前のことをこなすだけで一杯一杯になってしまいますが、息抜きして下さいね。応援しています!🌈

No title

ご無沙汰しています。
忙しくて、ブログにおじゃまするのは久し振りです。
こう言う貴重な体験は共有するべきですね。
私も母を点滴ずけの病院から自宅で介護して看とりました。
老人病院はまるで工場のように点滴を付けた老人だらけでした。
訪問看護士さん、医師、ST(えんげの専門的理学療法士)
、家族に助けられ、穏やかな最後を迎える事ができました。
強制的な点滴は老人には処理できず、かえって、むくみや痰で苦しめます。
皮膚感覚と聴覚は最後までとても敏感だそうです。
優しいことばかけとスキンシップが一番の良薬です。
疲れ様でした。

介護

お忙しい中、コメントありがとうございます。さちりんさんも最後まで献身的にお母様のお世話をなさってましたね。それに比べれば私の介護など病院や地域のスタッフに助けられ、たいしたことはできませんでした。介護は一人一人のストーリーがあり、状況は違うと思いますが、人を一人見送ることは、貴重な経験だと思いました。ありがとうございます。🙏

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プロフィール

あるばとろす

Author:あるばとろす
60代の東京の主婦です。2015年に祖母の着物を受け継ぎ、時々着ています。英語の通訳ガイドをしていました。現在フランス語を学習中です。(目標!仏検2級より上)30年以上のバードウォッチャーです。東京近郊、八ヶ岳南麓、三浦半島に出かけています。あるばとろすはアホウドリの英名、仏名です。お好きなカテゴリだけでもお読みいただければ幸いです。コメント大歓迎です。An English and French speaking Kimono lover who goes out often to watch wild birds. Your comments are welcome if you like my photos!

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